稲尾さん急死…そして思い出

2007 年 11 月 13 日
by おーくぼん@しゃちょー

鉄腕・稲尾さんが お亡くなりになったようで…

見出し【記事

鉄腕・稲尾氏が急死
 元西鉄ライオンズの投手、稲尾和久氏が13日午前1時すぎ、悪性腫瘍(しゅよう)ため、福岡市内の病院で死去した。享年70。10月30日、福岡市内の病院に入院し検査を続けてきたが、この日、容態が悪化して帰らぬ人となった。
〜以下略
nikkansports.com より

福岡では今日感テレビ(RKB)のコメンテーターとしてお馴染みだった稲尾さん。
実は私、一度だけ今日感テレビの取材でご一緒したことがありました。
確か2003年のこと。
稲尾さんが「俺もたまには食べ物のロケとか行かせろ(笑)!」とおっしゃってたとのことで ホークス宮崎キャンプ視察の合間に 稲尾さんと古田厚子嬢とでロケに出ました。
まず私たちは球場で稲尾さんの視察終わりを待っていたのですが、ブルペンで投手の様子を見る稲尾さんは どっかとパイプいすに座り腕組み。
その隣で王監督が立ったまま話をするという どっちが監督か判らない不思議な光景。
スポーツ界の年功序列を垣間見た感じでした。
その後、稲尾さんお勧めの釜揚げうどん屋さんや 宮崎牛のステーキ屋さん等へ。
食べっぷりの良さに感心していたら、これでもかなり食が落ちたんよ、がっはっは。と豪快に笑ってらっしゃいました。
取材が終わると「飲みに行くぞ〜」と誘われ2軒はしご。
そこでは
 「別府での学生時代、学校から帰ると港へ行き 父親と朝まで漁をして、そのまま学校へ通う毎日だった話」
とか、
「エールフランスの招待で、野村さん、稲尾さん、長嶋さん、王さんという蒼々たる面々でフランスへ行ったら 翌朝の新聞ル・モンドの一面トップに『日本で一番有名な人らがやって来た』という見出しと共に写真が掲載された話」
とか、
「ダブルヘッダーでは 時々1試合目は肩ならしで5回ぐらいから登板。そして2試合目は先発完投して1日に2勝を挙げる話」
とか、はたまた
「選手時代に身につけた、ユニフォームの簡単な洗濯方法」
とか 色んな話をしてくださいました。
そして宮崎の夜の街を歩いていると、おじちゃん達が「稲尾さんですよね」と少年のように目を輝かせながらやって来て握手を求める光景など、凄く素敵なものでした。
そんな「元少年」たちが去ると 稲尾さんは「俺、おじちゃんには強いんよね」と、嬉しそうに話してくれましたね。
今でも強烈に覚えている1日です。
おそらくですが、稲尾さんが いちリポーターとしてロケに出たのって これが最初で最後だったんじゃなかったのかな。
そんな時に御一緒できて良かったです。
合掌。


追記(11/14)
福岡市総合図書館にて 映画、鉄腕投手 稲尾物語を緊急上演決定。
11/20(木)14時から

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